蒼夏の螺旋

    “エマージェンシー イン 師走”
 


世間様が少しずつ、年の瀬を迎えての慌ただしさを装い始めて。
でもまだ、自分の身の回りへの切迫感は薄くって。
そんなこと言ってると、すぐにもクリスマスになって、
それで浮かれてしまってますますのこと、
ギリギリになって焦るような、
そんな年越しになってしまうんだよな…とは、
こんな頃合いへの毎年の常套句。
学校に通う子供がいれば、その子が冬休みに入ることで
否応無しに“年末だ〜!”という危機感も沸くのだそうだが、
あいにくとロロノアさんチにはそうなる予定なぞ半永久的にない。
よって、自分たちでしっかりカレンダーをチェックするしかないのだ。

“えと。年賀状の宛て先チェックは済んだし、筆ペンも買った。
 クリスマスケーキの予約はゾロがしてくれて、
 おせちのメニューのリストアップも済んだ。
 年末のお買い物の方は…。”

そっちはゾロの休暇がどうなるか判るまでは保留かな。
社が企画した年越しイベントのどれかに
助っ人として引っ張り出される恐れもあるし、
それがなかったとしても
そういうイベントだの企画だのでお付き合いが出来た方面の方々と、
ホテルで年越しレセプションなんてなものがあったりもする。
逆に、解放されたそのまんま、どこかの旅館で新年のお休みとなる年もあったりで、
大みそかのぎりぎり間際になるまで、予測がつかない困った旦那様。
しかもしかも、

 「………。」

ダイニングの壁掛けカレンダーには、
今日を挟んでの3つほど、赤いマジックで書いた丸が並んでる。
こんな時期だってのに、
年が明けてから開催予定の、複数ブランド協賛のコラボ企画を任されており。
そこへの特別招聘をとお願いした工芸作家さんや素材工房さんとの打ち合わせ。
メールじゃダメな微調整だからと出張してったご亭主殿で。

 「…タラバガニ5杯じゃ足りなかったかな。」

帰って来るのは明日なくせに、
リクエストしたお土産が、今朝方 本人よりも先に届いたもんだから、
何だか余計に恋しくなった。
中越の方なのでもう雪が降り始めていて、
外の空気の感触が違うぞなんて、
昨夜かけて来た電話、録音しといたのをも一度聴いてみたりするのって、
ここんとこはしてなかったよな。
そっか、最近は出張しても日帰りのが多かったからだ。
現場に出向いて行っての、
交渉とか商談とか会合は一向に減らないけれど、
経費節約より即効即決の方を求められてる敏腕企画マンなので、
飛行機や新幹線、使いまくりって身の上だもんな。

 “〜〜〜。”

やりたいことをやり甲斐あってのこと頑張ってるのだから、
何の文句もないのだけれど、

 “時々は、うん、寂しいかな。”

そんな風に思ってしまっても仕方がないじゃんか。

 “だって、俺、やっぱゾロんコトが大好きなんだものvv////////

胸の裡
うちで、とはいえ、
言葉という形にするというのは…自覚度が格別に上がるものなのか。
じわじわじわっと頬が熱くなってきて、
口許がうにむに歪んで来るのが自分でも判る。
あの大きい手で頭の天辺まるごと覆って、ぽふぽふって撫でてほしいとか、
ちょっと堅いけど座り心地のいいお膝によじ登って、
そうやって向かい合っての、睨めっこならぬ笑いっこをしたいとか。
あ、そうそう。
匂いが消えちゃうからって洗ってなかったゾロのパジャマ、
今日中に洗っとかないといけないんだった。
だって、明日取り込むのはおかしいもんな。
寝るとき抱いてたなんてこと、ゾロにばれたら恥ずかしいもんな。
でも、うん、今日のお昼寝まではギュウしたいしな………って。

 “だ〜〜〜〜っ、何やってんだオレ。//////////

よっし、今日のお昼はタラバ1杯、味見に決定だ。
ゾロより早く着いたのが悪いんだかんねと、
誰へだか誤魔化すように、ふんっと鼻息も荒くして見せ。
勇ましいことをやるべぇと決めたところへ、

  ♪♪♪♪♪〜♪♪

ポケットに入れっぱなしにしていた携帯が鳴った。
あれれぇ? これってゾロからみたい?
でも、今時分って、まだ打ち合わせなんじゃないのかな。
ちょっとだけ不審に思いつつも手は慣れたもの、
小さなツールを、チノパンの上へまとわした、
カフェエプロンのポッケから掴み出しており。

 「はい。ルフィです。」
 【 おお、ルフィか。俺だ。】

判ってるよぅと、あまりの間の良さに まだちょこっと含羞みの残るお顔で応じたが、

 【 あのな?】
 「うん。」

まだ明るいこんな時間だ、用があっての電話に違いなく。
甘えるのは後回しだと聴く姿勢に徹すれば、


  「…………………………え?」


なに? 今、なんていったの?
周りに人の声とかするけど、だから聞き取れなかった訳じゃない。
滑舌のいいお声はちゃんと聞き取れたけれど、
言葉の意味が頭へ染み込んでくれない。

 【 だから、〜〜〜〜〜だ。】

そうと繰り返したゾロの声は、間違いなくゾロ本人の声で。
そんな彼自身の名を、遠くから呼ぶ声も聞こえて、

 【 あ、悪りぃ。もう行かねぇと。】
 「え? あ、でも。ゾロ?」

何がどうなってそうなったのかを訊いてない。
ねえと放った声の中途で、無情にも切られた電話。
こんな扱いされたのも、思えば久々のことじゃなかろうか。
急いでいるからと後回しにされるのは別にかまわないけれど、
それでも音沙汰なしよりはと電話かけてくれたのだと、
ちゃんと、そう思うことが出来るようになってたはずだけど。

 「………。」

それとこれとは明らかに違うと、
だからこその違和感で頭を占拠されていて、
何も考えることが出来なくて…呆然とする。

 “だって、さ。”

現実味がなさ過ぎるせいでか、呆然としてしまったそのまま、
無意識に携帯を切っての頬から離して。
今聴いたばかりの、
聴きたいなぁって内心で焦がれてた、
闊達なお声を思い出してみる。


  【 だから。俺、腹切るんだ。】


腹切るって、腹って、お腹のことだよね、やっぱり。
何か取り返しのつかない失敗とかしたのかな、
いやいやそうじゃなくってさ。
そういえば、12月14日は赤穂浪士が討ち入りをした日だったよな。
でも浅野さんにしても大石さんにしても切腹したのはこの日じゃないぞ。
…じゃあないってのに、こら落ち着かんか。
お腹切るって言ったら何か病気だって判ったからとかだよな。
急にお腹が痛くなって病院へ運ばれたとか。
そうだ、あのゾロんこと呼んだ声って、病院の待ち合いでの声だ。
ざわざわってしてたのもそれだったんだ、きっと。
試しにってこっちからゾロへとかけてみたけど、
あああ、もう電源切ってる。
病院だもんな、仕方ないじゃんか。
でも…でもさ、腹切るって………なに?
そんな、出先でそこまでの必要ある何かが発覚しちゃったなんてことあるの?
普通はサ、レントゲンとかCT何とかとか撮らないと判らなくて、
早期発見すれば間に合ったのにとか言われて、
じゃあその早期発見なのかなぁ。
だったら良かったってことなのかなぁ。

 「………。」

カレンダーの赤い
15日の晩には帰るよと、ゾロが週の初めに書いた丸。
明日になったら帰って来るって。
お土産何がいいかって、そんな話して、微笑ってて。
ホントは3日も離れてるのいやだったけど、
子供じゃないんだ、それにあっと言う間じゃんって、
聞き分けのいいお顔で見送って。
それが、それなのに、そうだったのが…これって?


  「…っ。」


すうっと大きく息を吸い込み、
引き上がった肩、うんという気合いと共にひと揺すりすると、

 「急がないと。」

何をか大きく決意したらしい若奥様。
小さな肩を張ったまま、踵を返して寝室へ、
わしわしと向かって行ったのでありました。





       ◇



飛行機がない訳じゃあなかったけれど、
ここから空港とか、向こうの空港とそこから目的地までの交通の便の関係とかが繁雑で、
それより何より便数が思ってた以上に少ないと判ったので、
空は最初から見切ってのJRで向かうこととし。
それにしたって慣れない乗り換えは大変で、
いつになく集中していて、
脇目も振らずに携帯使っての検索でコース取りに励んでみたからそれで、
何とか最短の乗り継ぎを見つけられての向かったのに。
それでも着いたのは、もう西日の余韻さえない、宵の口のころだった。
何かあった時のためにと訊いといた、宿泊先のホテルのフロントで、
東京から来ているロロノアって人はどうしましたかと訊き、
家族ですという証明に、
被扶養者になってる健康保険証とか運転免許証とかパスポートとかを
ずらずらと並べて見せてのやっと聞き出せたのが、
近くの総合病院の所番地で。
『もう面会時間は終わっていると思いますよ』
そんな言われたけれど構わない。
ぺこり頭を下げて、ホテル前のタクシー乗り場へ。
後で判ったその距離だったら、走って行っても良かったけれど。
迷子になったら困るからと、その時分にはもう、結構落ち着いてたみたいで。
やっと着いた大きめの病院は、外来の受付はさすがに閉まってて、
それでも通りかかった看護士さんへ、
急患で此処にいるはずの者の家族ですとすがりついたら、

 『あらあら、そうなの、東京から。』

遠いのに大変だったわね、こっちですよと。
入院病棟まで親切に案内してくれて。
これも後で訊いたら…親切にというよりも、
潤んだ大きなドングリ目が、涙に沈んでてあまりに痛々しかったかららしく。
こんな小さいのに、お兄さんかしら、ご家族を心配して飛んで来たのね、
偉いなぁと、ナースステーションではずっと、そうと思われ通しだったとか。

 それはともかく。

ここですよと導かれたのは、個室なのだろ無機質な小さなドアで。
最近の病院は名札を表に出さないとかで、
番号以外はドアにもどこにも何にも書いてない。
それでも看護士さんがトントンとノックをすると、壁越しの“はい”って声がして。
ドキドキの音がずっとうるさいから、良く聞こえなかったんだけれど。
男の人の声だっていうのは判る。

 「〜〜〜さん、お見舞いの方ですよ。」

ざあざあっていう音も混じっての、
時々聞き取りにくくなるのは、マンション出てからずっとのことで。
ああ、電車を幾つ乗り換えたのかももう覚えてないなぁ。
初めての場所ばっかで、でも迷子になってる場合じゃなくて。
こんな遠くに来たんだのに、何か実感がないままだ。
そうそう、サンジとあちこち逃げ回ってた時なんか、
外人ばっかで横文字だらけの街とか駅とか、
待ち合わせたところまでを一人で向かったりもしたのにね。
もう遠い日のことになっちゃってるんだなぁ、なんて。
こんな時にどっと、そこまでの色々が頭の中に氾濫したのは。
いよいよの目的地に辿り着けたっていう安心感が沸いたからか、
それとも、
何かしら見たくはないものが待ってるような気がしたからか。
だって病院にはいい想い出なんてないもの。
怪我をして担ぎ込まれて、でも、
彼らの能力を持ってしての完治する前でも、とっとと逃げ出さにゃあならないと、
とんでもなく痛む身を引きずって立ち上がったサンジと共に、
人目を避けてのこそりと逃げ出した記憶しかない。
それに、ご本人からの“腹を切る”という言い回しが、
あまりにあっと言う間のそれだったから余計に、どうしても耳から離れなくって。
何かごちゃごちゃした計器とかに囲まれて、
点滴打ってるところとかだったらどうしようとか、
呼吸器までつけてて今夜が山とか峠とかだったら
もうもう一人じゃ看てられないかもしれないとか。
緊張も此処に極まれりというところまで追い上げられての、
頭の芯が痛くなるほど、
手のひらや指先が冷たくなってのがちがちに萎縮しちゃったほど、
意識が揺れるようなドキドキがして来る。
スライド式のドアががらがら開いて、
促された衝立の向こうには、
狭くはないが広くもない空間が現れて。
ベッドと脇卓と、
窓の下には暖房用のだろうオイルヒータの独特な形のが剥き出しになってて。
それだけの殺風景な部屋の中、


  「………何でお前、此処にいるんだ。」


物凄く失敬な言いようをされたのにね。
喉まで迫り上がってた何かが、やっとのこと、するする溶けて落ちてくのが判る。
指先とか爪先とかから、暖房の温みがじわじわ登って来るのも判る。
頬っぺが冷たくなり過ぎての突っ張ってて。
駅から駅、電車から電車ってさんざん走ったからか、足も何か動かなくって。
そんでもね、あのね、
その場にしゃがんでもゾロは動けないって判ってたからね。
頑張ってベッドまで近づいてって、
びっくりしてるゾロ目がけて、


  「こんの、ばかっっ!!!!」


怒鳴りつけながら全力でしがみついてやった。
盲腸なら盲腸って一言でいいから言っとけ、馬鹿野郎っっっ!!!!
そんくらいの病気は、俺んだって判らぁ!!






  ◇  ◇  ◇



正確には昨夜遅くにいきなり腹痛がして、
物凄く急な発病だった割に、癒着だ何だという弊害もなく。
なので、深夜の急患として運び込まれた先のあの病院で、
そのまま手術という運びとなったのだとか。
とはいえ、腸の中を少しでも空にする必要があったため、
その待ち時間に、会社や商談途中だった先様への連絡をし、
引き継ぎの後輩社員が来たのへ、もうほぼ話は通っているのでと申し送りをし、
それからやっとルフィへの連絡を取ろうとしたら、
タイムアウトとなってしまったのらしく。

 「まさか此処まで来るとはな。」
 「何だよ。めーわくだったか?」

おいおいと泣いちゃったルフィを引っ付けたまま、
どうしたもんかとただただ困ってたゾロは、
この一件であっと言う間に病院中の噂の人となってしまい。
一回りして来た噂は、
どこでどういう尾鰭がついたか、
小学生の息子がはるばる沖縄から訪ねて来たことにされていたもんだから、
『…っ、つっ☆』
笑うことも厳禁の身ゆえ、
それへとお腹を抱えて笑うルフィが、少々恨めしかったご亭主だったのだけれども。
迷惑だなんてとんでもないと、苦笑混じりにかぶりを振って見せ、

 「心配かけてすまん。」

あらためてのごめんなさいを告げた。
本当はね、明日の朝にでも電話しようって思ってたのだとか。
全部済んだよと、ただちょっと帰るのは遅れそうだと、
そういうカッコでの連絡にしようと思っていたのだけれど。
今頃何しているのかなとか、
自分がいないと出来合いの総菜やコンビニ弁当でご飯済ますことがあるから、
大人ぶってても困った奴なんだよなとか。
色々と考えてたら、手が勝手に携帯の短縮ボタンを押していて。

 「あれだな。気が弱くなってたのかもな。」
 「…何だよ、それ。」

だからさ、大学通ってたころに風邪こじらしたことがあって。
でも、何とかなるって思ったし、実際何とかしちまったしさ。

  「でも今は、ルフィがいるからさ。」

帰れないなら連絡しなきゃとかいうこととは別、
無性に顔が見たいとか声が聞きたいとか、

  「そんなことばっか、思ってた。」
  「う…。////////

ちょっぴり掠れた、内緒話のときみたいな声なのが、また。
しんみり響いて…キュンとして。
なんだ、こいつ。どこでそんなこと覚えて来たんだ? ////////
弱音言うのなんて死んだってヤダって性分だったくせに。
人んことばっか、甘えん坊だって言うくせに。
いつの間にこんな…甘え方とか覚えて来たんだよぉ。////////

  「るふぃ?」
  「う〜〜〜〜〜。////////

  サンタが来るまでには退院出来そうだから、
  何か欲しいもんがあるんなら決めとけよ?
  う、うっさいなっ。子供扱いすんなって。////////

暖房が効き過ぎてでもいるのかな、何でこいつこんな真っ赤なんだろかと、
妙なところだけ朴念仁なままの困ったご亭主が小首を傾げている傍らで、
真っ赤っ赤になって うにむに唇を咬みしめてしまった小さな奥方。
窓の外では、白いものがちらほらと降り始めていて、
思わぬカッコでの初雪を見ることと相成っているのに、
それにも気づかぬお二人さん。
あんまりポッポとなり過ぎて、雪まで解かしてしまわぬように。
ラブラブも どうかほどほどになさってくださいませねvv




  〜Fine〜  07.12.14.


 *討ち入りの日だから…ってのは冗談で、
  随分と以前に録画したビデオを見ていたら、
  ウドちゃんが入院して奥さんが血相変えて飛んで来て、
  なのに隣のベッドの患者さんと馬鹿笑いしてるのへ、
  バカっと怒ってしまうっていうドラマ仕立てのCMが入ってて。
  何とはなく、これを螺旋の二人でやってみたくなったのでしたvv
  BD話も確かゾロが熱出したんでしたっけね。
  今年は厄年でしょうか旦那さま。
(苦笑)
  ところで、筆者は小学生の時に切ったのですが、
  大人になればなるほど虫垂炎って難しいって訊いた事があるのですが。
  こんな風にいきなり手術ってことにはならないのなら、
  済みません、勉強不足でございました。

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